エッセイ VOL.7 『ステージ』(1)



     
つけまつげにアイシャドウの舞台化粧をして、
胸のあいたドレスをまとい、ピアノを背にして立つ。
観客の視線にもずいぶん慣れた。
歌詞を間違うことはもうない。

シャンソンとタンゴの愛の唄を数曲…
男に棄てられて狂った女の唄。
愛を得て、バラ色に輝く人生の唄。
ベッドのうえで客とあそぶ娼婦の唄。
情熱の「夜のタンゴ」「ジーラ・ジーラ」それから、

それから最後に「ダンスホール」を歌う。

夜の街で働く少女が主人公のブルース。
あいつが16の時、授業中につくった唄だ。

退廃的な陰りを帯びたメロディと、まるで人生の
裏側を知りつくした老成者が書くような詞。

人生に倦みかけた少女への
あいつの優しいまなざしは、天使の翼に似て、
少女の病みかけた傷は、
いつのまにか、癒される。

あいつが歌うラブバラードは
いつも優しくてせつない。
ダミアのシャンソンを思わせるこんな唄を、
十代の少年が創れるものなのか。

ステージの上で、いつも叫んでいたあいつ。

あのとき、出会わなかったら、50を過ぎた女が、
オーディションを受けて、ライブハウスでシャンソンを
歌うことにはならなかっただろう。

……っと、
このあやしい文章は、おかんが以前、とある雑誌に
投稿して入選、しなかった文章のイントロの部分で
あります。
テーマはたしか「心に残った出会い」だったとおもう。

なぜボツになったかと反省してみると…
選考委員は、50才を過ぎた女の、つけまつげに
ロングドレス姿を想像して気色悪かったのか…

文章が、自己陶酔型で気持ち悪かったのか…
(…うん、どっちもやわ。)
(それに、たぶんあいつのこと、嫌いやったんやろ。)

ところで、このあやしい文章で、読者さんはもう
お察し下さると思うが、おかんは、そう、

「歌手」だったのです!
…たのしい「お仕事さき」は、ステージの上だった。

週に一回、大阪のライブハウスでシャンソンや
カンッオーネやタンゴを歌い、時々は仲間と、
ホールコンサートも開いたりしている。
(リサイタルはまだなの。)

CDリリースもまだだし、食べてゆけるほど
時給(ギャラともいう)は貰っていないから、
プロとは決していえないけど、
「茉莉ちゃん」がステージに立つ日を待ってくれる人が
五人から十人はいるの。(さびしい!けど、うれしい)

つぎは、あいつ、のことだけど、
もうお気づきのお方もいらっしゃるとおもうけど…
亡くなってからその存在を知り、
ひとこえ聴いて「声のいろ」に惹かれ、詞に胸を衝かれ、

そのステージパフォーマンスをビデオで観てから
尋常ではない殺気と色気と美を感じとり、

その瞬間、おかんがとりこになってしまった
あいつ、とは
夭折のロックシンガー、尾崎豊のことであります。

おかんが殺気と色気を感じとったフランスの俳優は、
たくさんいるが、日本人なら尾崎の他には
俳優の松田優作と元XジャパンのYOSIKIだもんね。

天才は、つねに死や狂気をはらんだオーラを
全身から発散させているものなんである。

尾崎豊は、
死後十年たった今も、人気はおとろえず
(いや生前よりもファンは増えているらしい)、
マスコミは「若者の教祖」とか、「カリスマ」とか
ありきたりのキャッチコピーでくくっているが、
全国の中高年女性(いや、おじさんもいるのだ)の、
アイドルとして不動の地位を占めていることは、
知る人ぞ知る事実なんだよ。

なぜかといえば、テレビでは「アイラブユー」「卒業」
「十五の夜」など若者向けの歌しか流さないけど
(どれもハタチまでに創った名曲だが)

二十六才で亡くなるまでに七十一曲の歌を創り、そのいずれもが
「愛」「孤独」「死」「絶望」「復活」「神」という、
文学・哲学の永遠のテーマを歌にして歌い、叫び、
詩と小説に書き、
その一途な若者らしい生き方は
サリンジャーの名著「ライ麦畑でつかまえて」
を彷彿とさせるんだけど
(だからBGMとしてお気楽に聴けないんだけど)、

テーマをなぞるようにバカ正直で、アホちゃうかといわれる
ほど純情な生きかたをして自滅?していった
(素っ裸で民家の庭先に転がるという衝撃的な死の原因は
正確なところいまだ不明だけど)

歌手であり吟遊詩人であったから、
その「純情さ」に惹かれて

全国に「尾崎ファンのおかんの会」というのが結成され
(かかっ)ている事実をこの際
読者のみなさんに、そっとお知らせしようと思ったんであります。

ファンでない人は、「勝手にすれば…」と、しらけると思うが、
しらけついでに流すと

山下悦子という女性史研究家のおかんは
贔屓のひきたおしで、

「尾崎豊の魂」というたぐいの本を、三冊(!)も上梓(出版)して
かの哲学者・吉本隆明や宗教評論家・山折哲雄や
作家・芹沢俊介まで
対談にひっぱりこんで尾崎について語らせ、

「尾崎はただの若者向けのロックシンガーじゃないんよ」とわめくので
おかんも「そうだ、そうだ!」と鼓舞してまわり

ついでに悔し紛れに
生前の尾崎を育てた当時のソニーレコードの
敏腕プロデューサー(兼作家)の須藤晃に

「なんであんたは壊れかかったガラス細工の魂を持った天才尾崎を
よう守ってやれなんだ!」
という謎の長文手紙を送りつけ…
(あとで、アホちゃうかと反省もしたけど)

尾崎フリークで有名な女優の富士真奈美と、
岡山県立大のセンセ児玉由美子と、
月刊誌「文芸春秋」と「婦人公論」とNHKに追悼文を
百二十通も投稿した
全国のおかんに呼びかけて
「尾崎の歌を広めようおかんの会」を結成せねばと決意し…
いや、夢中になって何を言っているのかわからなくなってきた。

そう、おかんが五十を過ぎてシャンソン歌手になったことと、
尾崎豊との関係を書こうと思ったわけで…
ええい、もっと頭を冷やしてから…
ゴメン次回にまわします。

(尾崎ファンでないかた、お手間とらしてごめんやでえ。)


(追記)

尾崎フリークの私は、彼の死後、尾崎豊関連の書物を
手に入るものすべてに目を通したわけでありますが、
とりわけ上記おふたりの方(山下悦子氏と児玉由美子氏)
の御著書の内容に強くシンパシーを感じたので、
このエッセイにこんなかたちでおふたりのお名前を
出してしまいました。
失礼をお詫び申し上げます。

山下悦子氏
女性史研究家。「高群逸枝論(河出書房新社)
「マザコン文学論(新曜社)ほか著書多数。

尾崎豊関係の著書三冊とは
「尾崎豊の魂」「尾崎豊・魂のゆくえ」(共にPHP研究所)
「尾崎豊・魂の波動(共著)春秋社」のこと。


児玉由美子氏

岡山県立大学助教授。
尾崎豊の死後5年目に彼の作品と出会い
深く感動。
「尾崎の作品は多感な少年期の情操教育に有効である」
と確信して、
以後7年間にわたり「尾崎豊の心のソフトミュージアム」という
教育シンポジウムや
ボランティア活動を実施している。
著書に「尾崎豊・魂の波動(共著)春秋社」

 




    本日のおかんの法則

          「中年のおかんの思いこみは、
              おそろしい結末を生む。」







「おかんのライブより」
真ん中   奥井茉莉